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Posted by たまりば運営事務局. at

環境シンポジウム

2月6日(土)は、第11回国分寺市環境シンポジウムです。13時30分から、会場は国分寺市Lホール(国分寺駅ビル8階)です。テーマは、「武蔵野の動植物」~生物多様性の保全に向けて~ です。講師は、中西 由美子さんと林 鷹央さん。国分寺にも焦点をあてた楽しいお話が期待されます。主催は、環境ひろば 国分寺市。入場無料 事前申し込みもいりません。講演の後フロアディスカッションもあります。お誘い合わせご参加ください。


  • Posted by water. at 2016年01月30日23:42

    ホタルの夕べ

    6月20日(土)「 第5回姿見の池ホタルの夕べ 」が開催されます。小雨決行。集合場所は、JR西国分寺北口から3分ほど、東福寺の東側にある若松公園(児童公園)です。受付開始は午後7時~ 開始は7時30分~です。姿見の池でのホタルの復活を目指して開催されます。平家ボタルの淡い光を楽しみましょう。


  • Posted by water. at 2015年06月15日00:25

    東京消防疔 航空隊とハイパーレスキュ-見学

    「防災まちづくり27会」~航空隊およびハイパーレスキュー見学会~

    10月8日(水国分寺市の)「防災まちづくり27会」主催の、東京消防庁立川防災施設内で同庁航空隊(午前)と第八方面消防救助機動部隊(通称:ハイパーレスキュー)(午後)の見学会に参加しました。なかなか見ごたえがありました。

    航空隊(空の消防)は、立川市泉町(立川飛行場内)および江東区新木場(東京ヘリポート内)の2か所に基地を有し、ヘリコプター8機(大型機4機、中型機4機、内中型機1機は総務省消防庁からの無償使用 機体名にはこうのとり、はくちょう、などいずれも鳥に因んだ名前がついています。)を運航しています。見学会当日は、大・中型機の5機が待機していました。なお、機体の使用年限は概ね20年とのこと。
    パイロットをはじめ98名が所属、情報収集(上空から映像を送信、地上の消火活働を支援)、消火(林野火災や大規模市街地火災時、上空から放水)、救助活動(ビル火災、水難、山岳地域等での救助活働)、救急(内陸および伊豆諸島からの救急搬送)等、多種多様な任務を遂行するとともに、大規模災害発生時には、国内外を問わず出動するなど24時間体制で活動しているとのことでした。

    ハイパーレスキューは、阪神・淡路大震災の教訓から創設され、地震災害はもとよりあらゆる特殊災害から、早期に人命救助を担当する部隊です。現在、第二(大田区)、第三(渋谷区)、第六(足立区)、第八(立川市)、第九(八王子市)の各消防方面本部に5部隊が設置されています。見学した第八方面本部のレスキューは特に震災対応部隊かつ航空救助連携隊指定で、トラクターショベルや大型クレーン等、22台の特殊車両・機材を備えています。多数の人命を早期に救助することを目的とした「自己完結型」のスペシャリスト部隊です。各消防署から試験で選ばれた約60名の隊員は、1隊20名で編成され、3隊が交代で任務にあたっています。現在そのうちの1隊は、御嶽山の捜索活動に出動中とのことでした。なお、第二は震災対応、第三はNBC災害対応、、第六は震災および大規模水害対応、第九はNBC災害および震災対応とのこと。 NBCとは生物・化学物質。

    両隊とも案内してくれた隊員は、活動体験を交えながら話してくれ、たいへん興味深く、参加者からの様々な質問にも丁寧に答えてくれました。見学はおすすめです。





  • Posted by water. at 2014年10月14日23:00

    ホタルサミット in 養沢(あきる野)

    7月6日(日) 2014・「東京ホタル会議」創立20周年記念 ホタルサミット in 養沢(あきる野) があきる野市養沢え開催されました。第1部ホタルの一生(ゲンジボタルの生態観察ビデオ 上映)や基調講演 「オカリナの演奏と歌」 事例発表など盛りだくさんの内容で、60名を超す参加者で盛り上がりました。 第2部 交流・懇親会 そのあと 養沢川の渓流でゲンジボタルの鑑賞会が行われました。会場の「養沢センター」から上流に向かって5~600m の区間 地元のボランティア(養沢活性化委員会)の案内で歩きました。梅雨の中休みの一夜、木立の間を飛ぶ、ゲンジボタルを堪能しました。


  • Posted by water. at 2014年07月07日23:43

    第4回「姿見の池 ホタルの夕べ」無事に終わりました

     6月29(日)午後7時30分から「姿見の池 ホタルの夕べ」は予定どおり開催されました。
    姿見の池における生物多様性の象徴としてのホタルの復活をめざして始まったこのイベントも今年で4回目。今年は国分寺市制50周年記念行事の一環として開催されました。

    午後3時30分頃から激しい雷雨に見舞われ、一時は開催が危ぶまれましたが、1時間ほどで雲が切れ、雨もあがりましたので実行委員会では開催を決定。その後、6時頃にも降雨がありましたが、水たまりに砂を入れるなど応急措置を講じ、開催にこぎつけました。

    流石に参加者の出足は例年を下回りましたが、それでも午後7時の受付開始時間には、集合場所の西恋ケ窪若松公園には多くの市民が詰めかけました。入口では、お尻に灯の点ったぶんじホタルほっちも出迎え、子どもたちは大喜びでした。

    鑑賞時間中は、ほとんど雨も降らず、曇り空のお陰で、ホタルたちは例年以上に元気で、活発に光ってくれました。平家ボタルの他に源氏ボタルも展示され、その違いも実感でき、参加者は大満足のようでした。予定どおり9時前には終了。後片付けのあと、ホタルの乱舞する日が一年でも早く来ることを願いながらスタッフ一同も家路につきました。


  • Posted by water. at 2014年07月04日22:19

    第4回姿見の池ホタルの夕べ

    「姿見の池ホタルの夕べ」 今回は国分寺市制施行50周年記念事業の一つとして開催します。

    開催日は6月29(日)、受付開始は午後7時、観賞開始は午後7時30分から  終了午後9時です。
    西恋ヶ窪若松公園(西国分寺駅の北側:東福寺の東側)で集合した後、姿見の池周辺で展示されたホタルを観賞します。
    ぜひ平家ボタルの淡い光をお楽しみください。

    主催は「ホタルの夕べ実行委員会」、後援は国分寺市。姿見の池における生物多様性の象徴としてのホタルの復活をめざして開催します。
    実行委員会の構成団体は「泉山自治会」「ホタルよもう一度の会」「緑と自然を育てる会」「国分寺にふるさとをつくる会」の4団体です。
    お問合せは、「ホタルの夕べ」実行委員会事務局 橋本さん(☎:090-2555-4229、Eメール:m.hashimoto@ab.auone-net.jp )まで。

    ※上記4団体は、昨年8月2,192筆の署名を付して、“姿見の池におけるホタル復活に関する”陳情書を市議会に提出、今年の3月、その第1項「ホタル復活のための自然環境の整備」が全員賛成で採択されました。今後は実行委員会と市が協働して,ホタル復活に向けての、自然環境の整備に取り組んでいくことになります。





  • Posted by water. at 2014年06月16日22:42

    「たまら・び No.83」(2014春)

    『たまら・び No.83』は国分寺特集です

    『たまら・び』は、1997年6月に創刊され、年4回発行されている東京・多摩地域の地域雑誌。企画は多摩信用金庫(たましん)、発行所が(株)多摩情報メディア、編集・発売が(株)けやき出版となっている。「多摩らいふ倶楽部」の会報的な側面もあるが、書店の店頭にも並んでいる。本体価格は710円。
    多摩地域30の市町村をめぐりながら、その土地の人たちと一緒につくっている。4月1日に発行されたNo.83(2014春)のまち特集は「国分寺市」、タイトルは“めぐるまち”。そこでまち特集の編集には、国分寺市民、国分寺が大好き人たちが呼びかけに応じて参加した。私も、その中の一人。昨年11月から編集会議やまち歩きを重ね、年明けから取材が始まった。水のめぐみがめぐるまち“の取材、執筆などを担当、貴重な体験となった。



  • Posted by water. at 2014年05月05日16:35

    環境シンポジウム(第9回)開催!

    2月1日(土)13時30分~15時45分 国分寺Lホール 主催;環境ひろば・国分寺市

    講演 『雨水是地球全部水循環~気候変動と雨水との付き合い方を考える~』
    (講師 公益社団法人雨水貯留浸透技術協会 技術第二部長 屋井 裕幸氏)
    講演の概要は以下のとおりです。
    地球温暖化に起因するとされる気候変動によって、近年、降雨量や降雨日数が減少している反面、1回の降水量は増加している。つまりは集中豪雨や渇水など雨の降り方が変わってきている。
    また、東京都の総合治水対策においても、都市化(開発)の進展により、流域の保水機能の低下によって、これまでの河川や下水道設備だけでは対処できなくなってきた。
    そこで、豪雨対策基本方針(平成19年)においても、河川や調節池の整備だけでなく、貯留や浸透など流域対策を進めることになっている。
    これはまさに「水循環」の適正化の問題である。なお、「水循環」とは、「大地に降った雨が、地下水や湧水になったり、川や海に流れ込んだり、その途中や海で蒸発、再び雨になって大地に降り注ぐ・・・」この水の流れのことである。このお陰で私たちは、繰り返し雨から水が得られる。都市化や気候変動が大きく変えたこの「水循環」をどうよくすることができるのか?そのキーワードが雨水活用(貯留・浸透・利用)、すなわち雨活(あめかつ)である。
    屋根や敷地内に降った雨を、いたずらに流出させず、どう適切に利用し、自然に返してやるのか。初期雨水(汚れの多い部分)のカットなど設備も進化している。 など、地球規模の気候変動の話から私たちにもできる、”地球の未来を変える” 身近な雨水利用方法まで・・・幅広く話していただいた。


  • Posted by water. at 2014年02月12日23:49

    第9回 環境シンポジウム

    2月1日(土)午後1時30分から国分寺Lホールで第9回環境シンポジウムが開催されます。メインテーマは“地球温暖化防止・水の活用”です。
    講師は屋井裕幸(おくいひろゆき)さん [(公益社団法人)雨水貯留浸透技術協会 技術第二部長](写真の1枚目)、演題は、「雨水是地球全部水循環 〜気候変動と雨水との付き合い方を考える〜」。地球規模の問題でもあり、身近な問題でもある気候変動を 水循環の適正化、雨水の利活用など 雨を中心に、一緒に考えます。
    ふるってご参加ください。

    また、小講演として、市環境アドバイザーの一條美智子(いちじょうみちこ)さん「私にもできる手軽な省エネ」、古賀昭弘(こがあきひろ)さん「環境と家計が共鳴する我が家〜趣味と実益を兼ねることについて〜」。普段の生活のなかで私たちができることを考えます。
    参加者の皆さんと講師とのフロアディスカッション(意見交換)の時間も設けられます。

    主催は 国分寺市環境ひろば 国分寺市 
    定員は120名、入場は無料です。当日、会場に直接お越しください。※手話通訳がつきます。



  • Posted by water. at 2014年01月25日09:24

    首都圏外郭放水路(巨大な地下水路)

    去る12日(木)、国分寺市民防災推進委員会のバス研修で「首都圏外郭放水路」を見学してきた。これは、慢性的な浸水地帯である埼玉県東部地域の浸水被害を軽減するために、中川、倉松川、大落古利根川などの洪水を江戸川に放流するために造られた(およそ13年かけて平成18年6月に完成 総工費2,300億円 )、国道16号線の地下50m、全長6.3kmを流れる日本最大級、いや世界最大級の地下放水路とのこと。最大で毎秒200㎥(およそ25mプール1杯分)の水を流せるという。平成25年度は既に11回稼働、洪水の軽減に寄与しているという。
    見学させてもらえる地下22m(階段で116段降りる)にある調圧水槽(長さ177m、幅78m、高さ18m)、500tの柱が59本林立する様はまさに「地下神殿」を思わせる。テレビや雑誌の撮影にもよく使われるとのこと。一見の価値はある。火曜日から金曜日 1名から見学を受け付ける。ミュージアムも含め所要時間:ⅰ時間半(事前予約制)



  • Posted by water. at 2013年12月19日00:16

    国分寺まつり

    やや旧聞に属するが、去る11月4日(月・振休)、「第30回 国分寺まつり」が都立武蔵国分寺公園で開催された。時折雨がパラつくあいにくの天気だったが、来場者で終日賑わった。ちなみに、来場者は公称3万人。(昨年:3万8,000人 一昨年:2万8,000人)

    国分寺市まちづくりセンター(まちセン)も今回は、「国分寺百景」の写真展示で初出店。ブースには、「国分寺百景」の中から約20景を展示。また、今年度追加予定候補の約10景も展示、来場者に投票を依頼、投票した人には、手作りのメモスタンドがプレゼントされた。メモスタンドはなかなか好評だった。
    また、今年の「国分寺まつり」では、「運上瓦引き渡しの儀」というイベントがあった。これは前掲のふるさと文化財課の主催で8月に行われたバスツアー「武蔵国分寺の瓦生産地をめぐり、古代瓦を作る」で国分寺市民が鳩山町を訪れ、製作した瓦が焼成され、この日鳩山町から国分寺市に引き渡されたもの。ステージ上では、木簡(短冊状の細長い板)に書かれた「瓦運上事」が読み上げられ、鳩山町長から国分寺市長へ手渡された。




  • Posted by water. at 2013年12月05日23:46

    鳩山町での国分寺用瓦づくり体験(2)


    ところで、「体験古代瓦づくり」の作業手順は概ね次のとおりだった。先ず3~4人で1グループとなり、一人2枚、4人だと8枚、平瓦づくりに取り組んだ。
    ① 直径9cm長さ45cmの粘土(円筒形 約5kg)3本を渡される。
      これをたたいて、30cm×40cm 厚み6cm~7cmのたたら(粘土板)をつくる。
      ○これがなかなかの力仕事だった。粘土 7.5kgで瓦1枚つくる勘定。
    ② これをスライスして厚み3cmの板2枚にする。(左右いずれか一方を固定し、切り糸を扇状に回転させて切断する)。
      ○なぜ、切り糸を真っ直ぐに手前へ引いて切断しないのか、理由は不明。
    ③ これを凸型の台上に乗せて、たたいて十分に締める。(幅35cm長さ40cm厚さ2.5cmにする)
    ④ 凹型の台に移し替え、はみ出している粘土を切り落とし、面取り、サインなどをした後、乾燥室に移す。・・・作業はここまで。この後は、乾燥,焼成し、11月4日(月・祝)の国分寺まつりの会場で鳩山町から国分寺市へ引き渡される。
    ところで、往時できた瓦をどのようにして、鳩山から国分寺まで40kmを、運んだのだろうか?答えは、主として人坦(人が担いで運ぶ)だったとのこと。女瓦(4kg)×12枚=48kgを担いで運んだとのこと。


  • Posted by water. at 2013年09月17日23:13

    鳩山町での国分寺用瓦づくり体験(1)

    8月31日(土)、国分寺市のふるさと文化財課主催で開催された、東日本最大の瓦窯跡、埼玉県比企郡鳩山町を訪問、瓦窯跡の見学と、古代技法による瓦作りを体験する「武蔵国分寺の瓦生産地をめぐり、古代瓦を作る」バスツアーに参加した。
    午前8時に市役所を出発→バスの中で古代瓦、窯跡についてのレクチャー→石田遺跡(鳩山町農村公園内)見学・瓦作り→昼食→新沼窯跡見学・瓦作りという、ややハードなスケジュールだった。

    今回作成した瓦は、乾燥後農村公園内に造られた窯で焼成され、11月4日の国分寺まつりの会場に運ばれ、式典で引き渡される予定。

    ところで、武蔵国分寺で使用された瓦は、創建用および塔再建用、さらには修理用を含めると100万枚ほどの膨大な量であったと推定されている。これらの瓦を焼いた窯は、丘陵の斜面にトンネルを掘って築かれるのが一般的で、地下式登窯と呼ばれている。
    窯は、燃料の薪、材料の粘土、それに水が得られる丘陵地帯に築かれた。武蔵国内では窯が集中する地域が4か所あり、北から順に末野窯跡群(埼玉県大里郡寄居町)、南比企窯跡群(埼玉県比企郡)、東金子窯跡群(埼玉県入間市)、南多摩窯跡群(稲城市、八王子市、町田市)である。鳩山町窯跡郡は、南比企窯跡郡の中心的な窯跡と目されている。



  • Posted by water. at 2013年09月10日23:32

    第3回 姿見の池ホタルの夕べ

    6月22(土)午後7時30分から午後9時30分まで、今年で3回目になる「姿見の池 ホタルの夕べ」が開催されます。
    主催の「ホタルの夕べ実行委員会」(「泉山自治会」「ホタルよもう一度の会」「緑と自然を育てる会」「国分寺にふるさとをつくる会」で構成)は姿見の池における生物多様性の象徴としての蛍の復活をめざして開催します。
    西恋ヶ窪若松公園(西恋ヶ窪1丁目31番地・・・東福寺の東側)で集合した後、姿見の池周辺で展示された蛍を観賞します。
    はかなげな平家ボタルを中心に源氏ホタルも展示されます。

    なお、駐車場がありませんので、車、自転車でのお越しはご遠慮ください。



  • Posted by water. at 2013年06月15日23:17

    平成25年度まちセン・ゼミ

    国分寺市まちづくりせんたー(まちセン)では、まちづくりの基礎知識や手法を楽しく実践的に学ぶ「まちセン・ゼミ」を今年も開催します。地域で活動されている方はもとより、まちづくりに関心をお持ちの皆さんの参加をおすすめします。

    定員は30人(先着順)、目下参加者募集中です。参加費は無料、申込みは6月24日(月)までにまちセン(☎042-324-0186 もしくは、E-mail office@ kokubunji-machisen.com)まで。

    テーマ“野川の再生とまちづくり”

    【第1回】
    6月29日(土)13:30~16:30
    ○都市マスタープランを考える(講義)
    -都市マスタープランとは?地域別構想とは?-
    ○東京都の「野川河川流域整備計画」と「多自然川づくり」について
    ○まちを歩いてみよう(まち歩き)
    -小金井市部分を含めた野川とその周辺を歩きます-

    【第2回】
    7月6日(土)13:30~16:30
    ○まちを形成するルール(講義)
    -まちづくり計画、区画整理、地区計画などまちづくりの手法について学びます-
    ○野川の自然河川化と連動した沿線のまちづくりを考える(グループワーク)
    -第1回でまち歩きを行った野川沿線を対象(モデル)に、まちづくり案を作成します-
    コーディネーター:鵜沢 賢一さん(都市計画コンサルタント)  

    ☆会場はいずれも本町・南町地域センター






















    投稿日:2013/06/05
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  • Posted by water. at 2013年06月10日00:02

    児島善三郎画伯(その2)


    児島画伯は、昭和11年(1936年)春に代々木から現国分寺市泉町(多喜窪)に転居。昭和26年(1951年)荻窪に転居するまで、太平洋戦争を挟んで15年あまりを国分寺で過ごした。崖線上に建てた自宅は大変大きく、部屋数は30を数えたという。*今、その跡地の一角にはお孫さんの児島俊郎さんが住んでおられる。
    見晴らしもよく、ここから眺めた四季折々の田園風景・・・多喜窪通りから南東、岩崎別荘方向を描いた『残雪』、野川や天野別荘の森が描かれている『青田』、アトリエから北方、中央線方向を描いた『東風』などなど沢山の作品が残されている。コンクリート三面張りに改修される前の野川やその両側に広がる水田風景など貴重な資料でもある。


  • Posted by water. at 2013年05月29日23:23

    児島善三郎画伯(その1)


      私たちが現在暮らしている国分寺市のまちのかたちが形成されたのは、昭和30年~40年(1955年~65年)くらいの間と思われる。言い換えると、のどかな田園風景の広がる農村地帯を一変させたのは、昭和30年以降の高度経済成長期(1955年~73年)の到来とともに訪れた急速な都市化の波。それまでの国分寺は、東京近郊の農村地帯であり別荘地帯。ちなみに江口別荘(後の岩崎別荘、現殿ケ谷戸庭園)ができたのが大正4年(1915年)、今村別荘(現日立中研)ができたのが大正7年(1918年)のこと。
      このような、都市化される前の田園風景をカンバスに残してくれたのが児島善三郎である、
    年譜によると、同画伯は明治26年(1893年)福岡市の生まれ、県立中学校修猷館を卒業* 画家を志望しつつ長崎医学専門学校薬学科に入学するも中退。画家を志して上京 駒込の染井、板橋などに住む。(染井・板橋時代)28歳の時に二科会展に初入選、代々木に転居。(代々木時代前期)32歳の時宿望の渡欧、パリにアトリエをかまえる。(留学時代)帰国後36歳の時二科会会員に。37歳で林武らと独立美術協会を創立(代々木時代後期)。昭和11年(1936年)43歳の時、国分寺市泉町(多喜窪)に転居。58歳で荻窪に移るまで、多くの作品を残している。・・・国分寺時代(前期:1936年~1945年 後期:1945年~1951年)この時代「自らの様式を確立し得た充実した時期」と言われている。(69歳荻窪で逝去) *中学3年の時、絵画同好会「パレット会」つくる 2年下に中村研一画伯、その弟の中村琢二画伯らもおり一緒に活動した。
       


  • Posted by water. at 2013年05月26日23:28

    野川の自然河川化に向けて(2)

     2月2日(土)に開催された第8回環境シンポジウムで、講師の吉村伸一さん(株式会社吉村伸一流域計画室 代表取締役/元横浜市職員)からは、実践例をもとにした「多自然川づくりにつ」についての講演、野川の自然河川化の促進に向けた貴重なアドバイスがあった。

    ○多自然川づくりとは
    治水とともに生物多様性や景観に配慮した河川整備を行う中で、人間が自然を全部つくってしまうのではなく、自然(川)の働きに委ねられるところは委ねる河川整備の方法。具体的には、川幅を広くとって川の自由度を高くする、水際は固めない、護岸は後方に置く、拡幅する場合も単純に両岸を拡幅するのではなく、可能であれば川岸の片方を残すといった方法。

    吉村さんによれば、“川は本来、水の流れに変化があったり(瀬や淵)、水際に植生があったりと複雑な構造をしている。それが川らしい川”。
    吉村さんが関わり先駆的事例として知られるいたち川(横浜市)では、改修されて河床や水際が単純な構造になってしまっていたものを、河川内に河原を再現、さらに上流区間にはいくつかの水辺拠点も整備、旧河道と新河道との間は公園にするなど、川らしさを取りもどすと同時に、川を軸とするまちづくりも実現した。

    そのほか北海道の真駒内川では、河岸は切土のままで護岸は後方においてあり、そのような控え護岸にすると、護岸の前に川の作用を受け止めるスペースができるので、治水上も有利になるとのこと。
     
    ○川の再生とまちづくり
    川づくりを契機に、豊かなまちの空間をつくっていく、川の中だけではなく、親水公園や川沿いの遊歩道の整備など、川が流れる空間全体を豊かにするという発想が重要。横浜市の和泉川では、広く土地を買って周辺にある緑地と川をつなぐ「川・まちづくりプラン」を立て、一部が実現したとのこと。
     
    ○野川の親水化整備の早期実現
    吉村さんからは、“野川の改修に合わせて、周辺の土地を活用して、緑地や公園として整備すべき。野川の所管は東京都だとしても、市や市民がこのようなプランを用意して、提案していくことが、野川の親水化整備の早期実現につながる。”とのアドバイスがあった。
    これからの野川を“どんな川にしたいのか”ゲリラ豪雨にも耐えられる安全な川、多様な生物の棲める川、子どもたちが水遊びのできる川、うるおいの景観・・・みんなで考え、実現に向けて力を合わせていきたいと思う。



  • Posted by water. at 2013年04月14日23:14

    野川の自然河川化に向けて(1)

    現在、国分寺市を流れる唯一の、貴重な河川である野川は、コンクリート三面張りの排水路状態になっている(鞍尾根橋から上流部分)。鞍尾根橋から下流、小金井市以降は親水化整備されており、対照的な姿を見せている。

    ○ところで野川とは
     野川は、(株)日立製作所中央研究所の大池を源流として、国分寺崖線(ハケ)の裾から湧出する湧水を集めながら、南東方向へ流れ、国分寺市、小金井市、三鷹市、調布市、狛江市を経て、世田谷区の二子玉川付近で多摩川に合流する、総延長20.2kmの1級河川。 なお、お鷹の道を流れる清水川(元町用水)は不動橋で野川に合流している。

    ○野川の歴史
    約3万年前、古多摩川が流路を南に変えていく中で、国分寺崖線の裾から湧出する湧水が、古多摩川の川道を流れるようになったのが野川の始まり。
    流域には旧石器時代から始まって、縄文、弥生時代の遺跡が多数あり、古い時代から人々の暮らしに関わりのあったことがうかがわれる。
     そんな野川の水環境を大きく変えたのは、昭和30年代以降の急速な都市化の進行と、それに追い討ちをかけたのが玉川上水の通水停止。生活排水の流入により水質は悪化、降雨時の雨水流入量の急増により度々洪水が起き、コンクリート三面張りへの改修が行われた。
     
    ○親水化整備(自然河川化)
    ところで、東京都には「野川流域河川整備計画」(平成21年12月)があり、その中で、最上流部(鞍尾根橋からJR中央線までの1,750m)については、治水および親水の観点から、老朽化の進んだ三面張り護岸の拡幅と複断面河道での整備が謳われている。
    具体的には、「川に親しめる空間の創出、生態系の連続性の確保、周辺地域との景観の調和などに配慮した川づくりを行う」とある。 早期実現に向けて市民の関心を高めていきたい。(続く)



  • Posted by water. at 2013年04月02日22:52

    江川太郎左衛門

    先日のブログに書いたとおり、「江川太郎左衛門」は江戸幕府の世襲代官であり、太郎左衛門は江川家代々の当主が名乗った名跡。従って「江川太郎左衛門」は単一の人物ではない。ただし、最も著名なのが,36代の英龍(号坦庵)。一般に江川太郎左衛門といえばこの人のことを指す。海防に強い問題意識を持ち、西洋砲術の普及に努め、反射炉を築いたり、お台場を築いたほか、種痘にも熱心に取り組み、パン(堅パン・・極めて固く、現在のパンとは趣が違う)を初めて焼いたことでも有名。ところで何故、韮山に反射炉?と漠たる疑問を持っていたのだが、代官としての管轄区域に、伊豆、相模の沿岸など江戸湾の入口にあたる海防上重要な地域が含まれていたことを知り、疑問は氷解した。激務に体調を崩し、反射炉の完成を見ることなく1855年55歳で没した。
    後を継いだのが、37代三男の英敏、この代で、反射炉は完成。農兵の育成にも努めたが1862年に24歳で夭折。38代が英龍の五男、秀武、初代韮山県令はこの人である。
    なお、35代英毅も文化人として名を残している。


  • Posted by water. at 2013年02月22日23:36