たまりば

多摩の地域情報 多摩の地域情報国分寺市 国分寺市

スポンサーリンク

上記の広告は、60日以上更新がないブログに表示されています。
新たに記事を投稿することで、広告を消すことができます。  

Posted by たまりば運営事務局. at

野川歩き(フィールドワーク)

野川流域連絡会(野川流連)では、数年来、野川に関する「河川情報図」づくりを進めている。「河川情報図」とは、河川の整備や管理を行う際に必要となる河川環境に関する情報を適切に把握するため、河床の形態や植生の状況、生物の確認情報、生物の生息・生育環境などをわかりやすく図面上に整理したもの。今年度も、そのためのフィールドワークを野川の最上流部(国分寺市)から多摩川への合流部までを5回に分けて実施している。二巡目の今年は、去る10月12日(水)に3回目を実施した。今回は、中流域、細田橋から神明橋までを3時間強かけて歩いた。この時期、野川としては豊水期にあったってはいるが、今年は大型台風の影響もあってか、湧水の流入量も多く、例年以上に水は豊かだった。タモロコ、モツゴなど小魚も多数生息しており、その結果カルガモが全域で観察されたほか、コサギ、カワセミ、白セキレイ、アオサギさらには渡って来たばかりと思われるコガモ三羽にも会うことができた、。


  


  • Posted by water. at 2011年10月24日22:21

    国分寺薬師堂 開帳

     昨日、10月10日は、年に1度の薬師堂の開帳、ご本尊の国の重要文化財にも指定されている木造の薬師如来坐像(正面の厨子内に安置されている)が一般開帳の日。秋の一日、好天にも恵まれ多くの信者、参拝者で賑わいを見せた。
     薬師堂は現国分寺(真言宗豊山派)の境内(西方)にある堂宇で、市指定の有形文化財。階段を上がり、仁王門(市指定重宝)をくぐる右手に鐘楼、正面に落ち着いたたたずまいを見せる。現在の薬師堂は江戸の宝暦年間(1751年~1763年)に再建されたもの。堂内正面には「金光明四天王護国之寺」の掲額がある。ここに至る由来としては、1333年、新田義貞軍が幕府軍との緒戦に敗れ、敗走する際の焼討ちによって、武蔵国分寺が灰燼に帰した後、建武の功臣となった新田義貞が黄金300枚を寄進、それによって1335年(建武2年)武蔵国分寺の金堂跡付近に建立されたと伝えられている。
     なお、薬師堂建立のベースは奈良時代に遡る「お薬師さま」に対する根強い信仰だったと思われる。ちなみに、真姿の池、玉造小町の伝承も薬師信仰に関わるもの。   


  • Posted by water. at 2011年10月11日23:01

    玉川上水自然道を歩く会

    今日は「玉川上水自然道を歩く会」の第423回例会に参加した。同会はその名のとおり玉川上水の自然道を歩く会で、毎月の第1日曜が例会。通常コースは三鷹市の東橋~井之頭公園の松本訓導殉難碑まで。3㎞ほどを玉川上水の四季を堪能しながらゆっくり歩く。423回ということは35年以上続いているわけで大変歴史のある会といえる。今日は。通常コースを離れ、小金井~国分寺まで、ハケ沿いを歩いた。今にも降り出しそうな曇り空だったが、涼しく、さわやかな秋の半日、滄浪泉園、貫井神社、新次郎池など湧水池を巡った。台風の後でもあり、湧水池はいずれも水量が豊富で、一年をとおしてこのくらいの水量があれば思わずにはいられなかった。  


  • Posted by water. at 2011年10月02日22:18