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Posted by たまりば運営事務局. at

府中市郷土の森(カタクリの花)

27日(日)、ちょっと見たいものがあって、府中市郷土の森博物館を訪れた。ところが博物館は震災の影響か?設備点検のためとかで休館中。折角なので、公園を一巡したが、近隣では知られた梅園の梅も殆ど終わり、人影もまばら、閑散としていた。そんな中でカタクリが咲きそろっていた。思わぬ大収穫。24日、神代農場はまだまだだったのに、こちらは見ごろ。日当たりの差なのか?見ごたえがあった。そういえば今日、都内のソメイヨシノの開花発表があった。季節は正直というべきか。  


  • Posted by water. at 2011年03月28日23:03

    農公園都市構想

    恋ヶ窪公民館の環境問題講座の第8回(最終回)コーディネイター:菊池 滉さんから、「農公園都市構想」についての紹介があった。
    これは、20年前(1991年)菊池さんたちが、国分寺市の基本構想を受けてまとめ、市に提言したもの。
    全体的な考え方としては、農のあるまちづくりをコンセプトとしたまちづくりであり、農的資産(農家・農地・農業文化・・・)を最大限に活用しネットワーク化(農家、農地、雑木林などをつないで全市を農公園化する……ミニチュアの農業公園ではない)つまり、農家を含む市民主体で農のあるまちづくりを進める→ネットワークすることによる新しい価値の創造を構想したもの。
    この構想は、現状を守りながら、現在の生き方、暮らし方のアンチテーゼとして考えるのなら、保守的でありながら革新的であり。⇒今日でも通用する考え方である。
         


  • Posted by water. at 2011年03月27日22:37

    カタクリの花

    24日(木)陶芸仲間のウォーキング”神代農場を歩く”に参加した。一番のお目当ては神代農場のカタクリ。コースは深大寺北町⇒自由広場⇒青渭神社(あおいじんじゃ・・・水神;深大寺町の総鎮守)⇒神代農場⇒深大寺自然広場(調布市立野草園)⇒池ノ上神社⇒深大寺。神代農場(都立農業高校の農場、湧水を利用したわさび田や田んぼがある;曜日により一般の見学を認めている)のあたりは国分寺崖線(はけ)に谷が開析、谷戸を形成している。正門から直進、田んぼへの階段の手前に2株、3株カタクリの咲いているのを発見。しかし、咲いていたのはそこだけ。担当者によるとここのところの寒さで例年より少し遅れているとのこと。見ごろは1~2週間後か?野草園の前の自生地も北斜面のため今少し遅いのでは?カタクリはともかく、好天にも恵まれ、爽快な半日。最後は”多聞”で締め括り。  


  • Posted by water. at 2011年03月26日23:31

    姿見の池パート3

    姿見の池の周辺は(日影山、農地、水路、緑地など)その大部分(都有地および民有地)が東京都の「緑地保全地域」に指定されているが、このほど姿見の池および周辺の散策路など(市有地および公有化予定地)が「都市計画緑地」(武蔵国分寺跡、恋ヶ窪緑地、通称X山に続いて4番目)に指定された。今後は市が「都市計画緑地」として整備を進めていくことになる。姿見の池の整備の方向性および課題については、平成18年10月に市民参加で策定された「姿見の池整備方針」(緑と水と公園課)があるが、具体的な取り組みには至っていない。また、現在見直しが進められている「緑の基本計画」の中でも「周辺の樹林地も含め、親水空間として保全します」といった消極的な記述にとどまっている。  


  • Posted by water. at 2011年03月22日22:34

    姿見の池パート2

    恋ヶ窪は鎌倉街道沿いの宿場だったといわれている。(宿場跡は発見されてないが)そこにあったのが姿見の池で、その名は、遊女達が朝な夕な自分たちの姿を映し、身を整えていたことに由来するといわれている。また姿見の池には、鎌倉方の有力御家人畠山重忠と遊女夙妻太夫(あさづまだゆう)との悲恋物語の伝承がある。平家追討のため、重忠は恋仲となった夙妻太夫を残し西国に出陣。その後、重忠討ち死にとの偽の報せ、悲嘆にくれた太夫が姿見の池に身を投じたというもの。近くの東福寺には、太夫の死を憐れんで里人が植えた「一葉の松」の子孫がある。
    池のあたりは野川の最上流部にあたり、湧水の水路があり恋ヶ窪用水につながっていたが、高度成長期には付近は埋め立てられ、廃材置き場になっていたといわれる。その後、平成10年~11年に整備(池の復活を含む)が行われ、さらに平成12年~13年にJR武蔵野線トンネル内で湧出する地下水の導水工事が行われ今日に至っている。  


  • Posted by water. at 2011年03月20日23:34

    姿見の池

    国分寺市環境基本計画の第4章”今、特に優先して取り組むべき施策”の1.野川とその他水辺の復元の中に、「姿見の池などでは、さまざまな生物(ホタルなど)が生息できる環境づくりを進めます」とあります。しかしながら、計画はあっても、市任せでは具体的な進展が認められないところから、国分寺市環境ひろばの有志が市民活動団体(緑と自然を育てる会)を立ち上げ、平成19年度から市と協定を結んで、姿見の池の水路部分を中心に維持管理作業を行っています。作業は原則として、第2日曜日の9時30分~11時くらいまで、ホタルの復活を夢見つつ、楽しみながら行っています。具体的には、武蔵野古来の草花の補植等による生物の生息環境改善です。これは”単純な除草(引き抜き)は法面の裸地化を招き、その結果毎年、1年草、越年草が繁茂し、法面も崩壊する。これを多年草の下草を補植することによって植生も安定し、1年草。越年草が淘汰され、法面の崩壊も回避できる・・といった考え方によるものです。  


  • Posted by water. at 2011年03月19日00:08

    環境問題講座(2)

    恋ヶ窪公民館の環境問題講座も今日が第7回、講師は都市農村問題研究所の渡辺善次郎さん。文明論的な立場から、「農のあるまち」に向けての幅広い情報」が。概要は次のとおり、1)20世紀は都市化の時代であるが、日本は先進的な都市化社会である。つまり江戸開府(1603年)に伴い約260の大名が配置されたが、これらの大名が、それぞれ計画的に城下町を作った。(都市計画)これは世界でもっとも先進的な都市化社会の出現といえる。2)一方、都市化の中で環境問題を引き起こしたのは大量生産社会(大量消費、大量廃棄)発展である。3)また、環境問題は端的に言えばごみ問題である。4)そうして、ごみがなかった、見事な物質循環システムを構築していたのが江戸である。5)明治になって、やってきた外国人は一様に「日本の豊かで美しい都市と農村」に驚きの声をあげた。6)今こそ、持続型社会、循環型社会を目指して「農のあるまち」「農公園都市」(博物館的な農業公園ではなく、まち全体を農あるまちにする)構想を進めたい云々。以上  


  • Posted by water. at 2011年03月15日20:44

    東大農場

    環境問題講座の一環として、8日(火)西東京市田無の東大農場を見学した。東大農場・・・正式には「東京大学大学院農学生命科学研究科付属農場」農場のほかに演習林もある。昭和10年(1935年)に移転してきた頃は周辺も一面農地や雑木林だったろうが、今や周囲は住宅地、残された貴重な空間となっている。構内には、内田祥三元総長の指揮監督のもとに建設された貴重な建物、施設も保存されている。また、一角には、農場博物館があり、当時の農具や資料(明治政府が全国から収集した伝統的な農業技術を絵図資料として編集した「教草」やドイツの農業関係の資料をまとめた「独逸農事図解」)などが展示されており、ボランティアが案内している。(火曜、金曜の10;15~14;45)  


  • Posted by water. at 2011年03月10日00:44

    神代植物公園・うめ園

    まさに三寒四温、今日は朝から雪になったが、昨日はぽかぽか陽気。「玉川上水自然道を歩く会」では通常コースを離れ、神代植物公園の散策を行った。大温室からばら園、せせらぎの小路、芝生広場、などを経て神代小橋を渡るとお目当ての梅園。梅の香りが鼻腔をくすぐる。ほゞ見頃。70種、200本、梅園としては規模はあまり大きくはないが、種類は豊富、「輪違い」「見驚」などなど木ごとにつけられた札と見比べるのも楽しい。
    観梅の後は、深大門から出て、深大寺にお参り、門前のそばで締めくくった。  


  • Posted by water. at 2011年03月07日22:53

    千代田区 景観まちづくり重要物件

    千代田区に照会してもらったところ、同区では、区を10のブロックに分けて、地区別に歴史的に価値のある建造物等を景観まちづくり重要物件として指定しているとのこと。約10年前に、50年以上たっている建造物について、一括して調査を行い、所有者の同意が得られたもののみ指定したとのこと。
    指定した場合、その保存等のために技術的支援その他の措置を講ずることができることになっており、1件につき、500万円を上限とする補助制度などがある。趣旨としては、景観形成の糸口としていくことであり、効果としては、指定した建造物は、多くの人に関心を持ってもらえるとともに、ランドマークとしての役割も果たしている由。
    指定されている建造物には、九段会館本館,共立講堂。山の上ホテル本館や聖橋、万世橋などの橋梁もある。  


  • Posted by water. at 2011年03月04日22:58

    深大寺だるま市

    深大寺では3月の3日、4日は恒例のだるま市が開かれる。この時期、荒れることが多いが、今日は風は冷たかったが、お日様も出てまづはだるま市日和。境内、参道には露店がぎっしりと立ち並び、身動きできないくらいの人の波。「だるま開眼所」(僧がだるまに目を入れてくれるところ)には長い列ができていた。ところで深大寺のだるま市は、正式には「厄除け元三大師大祭だるま市」というそうで日本三大だるま市の一つとか。丁度、木遣り衆、講中、高僧によるお練り行列を見ることができた。なお,元三大師(がんさんだいし)は、第一八代天台座主の慈恵大師、正月三日に遷化されたのでこの呼び名がある。  


  • Posted by water. at 2011年03月03日23:16

    日本橋

    今日は所用で日本橋へ。その折耳にした話によると、現在の”日本橋”は20代目、明治44年(1911年)に架橋され、4月3日で満100歳を迎えるとのこと。初めて架けられた(創架)のは、慶長8年(1603年)、長さ約68.6m 幅約8mだったとのこと。火事の多かった江戸のこと、木造の橋は焼失等で20年もつことはなく、頻繁に架け替えられ、20代目にして、耐久性の高い石橋(石造アーチ橋)となった。ところで帰途界隈を少しぶらぶらしていたら、「景観まちづくり 重要物件 千代田区」なるプレートをつけた建物を発見、どんな制度なのか調べてみることにした。  


  • Posted by water. at 2011年03月02日23:40